
実は「男の遺産」には、つづきがありました。
この話は、今となっては1年前の出来事になってきます。
この間、おばあちゃん(おかんのおかん)が亡くなりました。
岡山に急きょ帰って、通夜と葬式に行きました。
約3年前くらいに、前触れもなく急におじいちゃんが亡くなりました。
あとを追うかのように気が抜けて、ボケていく(?)おばあちゃん。
年老いても黒髪で、ハキハキと言葉を吐き、
よく旅行に出かけていた、元気なおばあちゃんでした。
僕のおかんとは、よく大喧嘩してました(めっちゃ似たもの同士)。
おばあちゃんの生前・・・
おじいちゃんの葬式の日。
桶に入っているその遺体に向かって
何度も何度も「おじいちゃん、おじいちゃん、おじいちゃん」と、
話しかけていました。
不思議と、おばあちゃんの目から涙がこぼれることはありませんでした。
でも、その時の目は、
僕が知っているおばあちゃんのイメージとは全然違いました。
クチやかましくてひねくれ者で、気の強い目をしている人、
おかんと喧嘩しているときは鬼の形相、というイメージ。
ですが葬式の日は、おじいちゃんを「本当に愛している」
やさしく澄んだ目をしていました。
やさしいおばあちゃんを知ってても、
ここまで澄んだ目をしている姿は初めてでした。
涙でかすんでる目じゃなくて、最後はしっかりとみつめながら
愛してる人をやさしく見送りたかったんじゃないかって思いました。
思い返すと、僕はおじいちゃんが亡くなったこと以上に、
そんなおばあちゃんの気持ちを感じたから泣いたような気がします。
男が先に逝くということは、
こういうことかと目に焼き付いた一日でした。
おじいちゃんが亡くなってまもなく、いつものおばあちゃんじゃなくなりました。
ん〜〜〜〜、ぼけたというよりは、
やっぱりおじいちゃんと離れたくなくて、そこに本当に行きたくなったから、
不思議な光景がいっぱい見える、夢のような意識の中にいただけのように感じます。
180cmもあるおじいちゃんと、140cm弱しかないおばあちゃん。
約40cmもの身長差がある2人。
いつまでも幸せに暮らせる世界なのかなあ?・・・。
理由はよく分からないないけど、
ボケたと呼ばれる世界があったとして、
そこにいってもおかしくないくらいの
強い感情があったんじゃないかな・・・。
おじいちゃんの葬式の日、
いったいこの人はなんという数の人に愛されていたんだろうって思いました。
沢山の人が集まり、そして泣いていました。
(おばあちゃんの葬式もそうでした・・・)
そしてなによりも、最愛の妻に愛されました。
くさい表現かもしれませんが、
おじいちゃんは
『愛』という名の「男の遺産」を残しました。
ヘビースモーカーだったおじいちゃんは、
人にめっちゃ愛されていました。
おじいちゃんに対しての愚痴は、
そういえば聞いたことがない。
偉大なる「男の遺産」を残したおじいちゃん。
・・・僕も、死んだ時に『愛』されてる男になれてるかな〜。
「男の遺産」を残せているかなあ・・・。














